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書を捨てよ、寺に行こう。 VOL.10

今回も、バンコクのフリーペーパーWOMにて連載されていたコラムを加筆修正してアップしていこうと思います。
ウエルカム・トゥ・ザ・彼岸ワールド。



VOL.10 住職と三衣と私


 山奥にひっそりと佇む修行寺、

この寺院で初めて住職に会ったときの光景を私は忘れない。


......あれは出家生活をはじめた日のことである。

副住職の野坂先生が寺院内を歩いてまわりながら、

施設の説明をきいていると、

突然水汲み場に、

腰巻きをしただけのほぼ全裸に近い男性が、

全身を真っ黒に塗りたくって仁王立ちしていた。

ブルーマンならぬ、ブラックマンである。

私はその光景に釘付けになった。

そして野坂先生からの衝撃的なひとこと、


「あれがうちの住職.....」


漫画のような展開である。

私はめまいがした。


住職は健康法オタクであった。

タイの漢方薬である「タイ方薬」の製造(これって戒律上問題ないのであろうか)、

はり・マッサージ、ヨガ、サウナなどをはじめ、

体に良いものとあれば何でも試してみる。

食事も人工的に加工されたもの(ママー、お菓子、牛乳、豆乳など)

は一切摂取しないという徹底ぶりだ。

2016100301.jpg


 そして今回のブラックマンである。

野坂先生によると、

「泥塗り療法だそうです。

ただあの泥は元々肥料として作ったものですからね。

私は何を使っているか知っているからやりませんけど」

とのこと。

土に草木や木炭などを混ぜて作られた泥のようです。


「全身を黒く塗った男性が水汲み場で仁王立ちをしている.....」


私はこのお寺には何かがある、と感じた瞬間だった。

2016110202.jpg
(画像のブラックマンは住職ではなくVOL.9のときのガーデナーである)

 私の気持ちを悟ってか、野坂先生は


「面白いでしょ。ここは、(実社会では)出世しない人ばっか.....」


とボソッともらした。

私は野坂先生の、この静かなユーモアが大好きだ。


先生、私は煩悩の仁義なき戦いです。

2016100303.jpg


......さてここで、タイのお寺の種類についてざっくりと分類してみよう。

タイの仏教では、宗派というものはいくつかあるようだが、
大体において同じ方向を向いている印象がある。

今回は、お寺の特色ごとに三つに分けてみた。

1, 街中にある、婚礼や葬儀、あるいは魔除けの行事をとり行なう寺院。

2, パーリ語などの、勉強をする寺院。

3, 瞑想に力を入れている修行寺院。

私が出家した寺院は、3の修行寺院である。

人里はなれたところにあり、森林派(ワット・パー)と呼ばれている。

1の式典に出席する寺院では、人前に出ることが多いので比丘はオレンジや黄色などの鮮やかな色の三衣(さんね。比丘が身にまとう衣装)を着用する。
これはバンコクの街中でよく見かける寺院である。
 
これに対し、3の森林派の寺院は、托鉢以外に外出することがほとんどないので、地味な茶色の三衣を身に纏う。
なぜ茶色なのか、ということは釈迦のいた時代の仏教までさかのぼることになる。
...今から2500年前、仏教の比丘たちは道端に落ちている布切れを集め、それを縫い合わせて三衣として着用していた。
そして、一般の人々がその布を「使いたくなくなる」ように、「わざわざ」牛の糞に浸して茶色に染めていたそうだ。
そこからこの三衣のことを糞掃衣とも呼んでいる。

2016100302.jpg


 もちろん今では牛の糞は使わず、ジャックフルーツなどの草木を使って茶色に染色している。
そして昔の名残で、上衣に纏う大きな一枚の布を広げてみると、小さな布をあえて何枚も縫い合わせてパッチワーク状に作ってある。

 

ちなみに、出家の身ではない一般人がタイ国内で三衣を身に纏って街中を歩くと禁固五年の刑に処される、とのこと。
おそらく物乞い対策であろう。
お気をつけあれ。


先生、私は煩悩のときめきトゥナイトです。


ではまた、ご自愛ください。








ニンニン

書を捨てよ、寺に行こう。 VOL.9

Vol.9 お花と私

 前回、釈迦の仏教における戒律のお話をしました。
今回はそれに関連するお話なぞ。

......私の出家した寺院は、チェンマイ市街から車で二時間南下した山奥にある。
昔火山があったのだろうか、
そこここに溶岩石のようなものがゴロゴロとしている。
2016082903.jpg

まわりは鬱蒼とした森林で、
カレン族の信者が寺院建立のために開拓し、
整備をしてくれたのだそうだ。
 バンコクの大富豪が「たのんでもいないのに、勝手に」建てた白亜の御堂と、
ミャンマーの大富豪が「たのんでもいないのに、勝手に」作らせた寺院の立派な門以外は、
実に素朴なところで、のどかである。


 その寺院の境内で、毎日黙々と園芸作業をする比丘がいる。
彼は50歳を過ぎているが出家二年目である。
バンコクで繊維工場を長いこと経営していたが、
縁あって周りのものをすべて整理して仏門に入ったのだ。
私がつけた彼のニックネームは「ガーデナー」である。
2016082902.jpg
 ガーデナーは毎日、岩をどけ、地をならし、花壇を作り、花の苗木を植える。
以前は殺伐としていた境内だったようだが、今ではお花に囲まれていて華やかである。
「ケンゾー、ここは素晴らしいところだろ。ボクはここにいると、すっごい気持ちがいいんだ。ああ、美しい」
ちなみに、ガーデナーは雰囲気というかリアクションが竹中直人さんに似ている。

 
.....ガーデナーの園芸作業は修行の一環なのかな、とぼんやりと感じていた。
ある日、副住職の野坂先生に、
一心に園芸作業して修行しているガーデナーさんはすごいですね、
と話したら意外な答えが返ってきた。

「いや、私はずーーーっと彼に園芸作業をやめるように説得しているんですよ。戒律で禁止されているんですから」

 ...シビれました。パーティモッカ227戒経、パーチッティヤ法にこう書いてある。
「第10条 何れの比丘といえども地を掘り、または掘らせるならばパーチッティヤ(好ましくない行為)である」
土の中にも生物がいるので、掘ることによって殺生することがあるからだ、
というのが好ましくない行為にあたるようだ。
 その上、ガーデナーは花の剪定もする。
「第11条 草木を伐ることによりパーチッティヤである」
ガーデナー、アウトーーーッ。

2016082901.jpg


 またある日、ガーデナーは目をキラキラさせながら私に近寄ってきた。
「ケンゾー、これ見て見て。なんだかわかる?ホラァ、野菜の種をいっぱい手に入れたんだ!」
食堂の近くの空き地で、
きれいに耕し腐葉土をまいていたガーデナーを思い出した。
彼はついに畑までも作ってしまったのだ。
ちなみに野菜を作ることも、戒律で禁止されている行為である。
比丘は生産行為を行なうことはできない。
比丘は、信者から施された食物以外口にしてはいけないのだ。

おそらく彼は、自分の楽園を作ろうとしている。

「まだ出家二年目ですから。長い目で見ることにしています」
と言いながら野坂先生は花に水をまいている。
いつの間にか先生は、ガーデナーの手先になっていた。

「花には罪がないですから」

おっしゃる通りです。


先生、私は煩悩の三社祭です。

ではまた、ご自愛ください。







ニンニン

書を捨てよ、寺に行こう。 VOL.8

VOL.8 戒律と私


 タイでは仏教の僧侶は尊敬される存在である。
それはやはり、厳しい戒律を守り、信者の見本になるような品格を備えるように修行しているからであろう。
釈迦の仏教では、「パーティモッカ二二七戒経」という戒律がある。
これは釈迦のいた時代に制定されたもので、仏教の出家者が順守しなくてはならない僧団内の禁則・規則条項がまとめられている。
2016051102.jpg


.....パーティモッカは227の戒律をいくつかのカテゴリーに分類している。
まず最初に、大罪となるパーラジカ(波羅夷)という禁則からはじまる。
パーラジカでは
「姦通」
「窃盗」
「殺生」
「(悟りを開いた、と)嘘をつくこと」
の4項が挙げられている。
これらの罪を犯すと、僧団追放の大罪、つまり比丘として修行することができなくなる。

 パーラジカに続き、
「女性問題」
「禁止物の所持」
「好ましくない行為」
「服装・飲食・説法」
「僧団内での紛争収拾」
などの、比丘が修行していく上で守らなくてはならない規則が書かれている。
これらの規則を守れなかった場合、罪の重さに応じて相応の懺悔の対象になる。
2016051101.jpg
 
 とまあざっくり書いてみたが、この戒律、現代の私達が読んでみると、実に香ばしく不思議な気持ちになる条項が多々あるのだ。
そんなわけで、私の琴線にふれたものを乱暴にかいつまんで列挙してみるね、オッケー。

「指でくすぐるのはいけないよ」...お釈迦様はくすぐりに弱かったようだ。
「水中で遊んじゃいけないよ」...あひるのおもちゃを浮かべるなんて言語道断である。
「大笑いしながら俗家の所に行くべきではない」...家を訪れたお坊さんが大笑いしていたら、たしかに困る。いや普通の人でも何ごとかと心配になるはずだ。
「しゃがみ歩きで俗家の所に行くべきでない」...しゃがみ歩き、は疲れるよね。絶対。

続いて食事について。
「不満な思いで他人の(食べ物の入っている)鉢を眺めるべきでない」
「余りにも大きな飯球を作るべきでない」
「丸飯を投げ入れて食べるべきでない」
「舌を出して食べるべきでない」
「チャプチャプと音を立てて食べるべきでない」
「スルスルと音を立てて食べるべきでない」
この中で私が好きなのは、「不満な思い」の比丘だ。

次は信者に説法する際の注意事項。
「傘を手にする信者に法を説くべきでない」
「杖を手にする信者に法を説くべきでない」
「頭に布を巻いている信者に法を説くべきでない」...この3つは謎である。

「武器を手にする信者に法を説くべきでない」
「刀を手にする信者に法を説くべきでない」...説法どころではないだろう。

「乗り物で行く信者に法を説くべきでない」...こんなことをやっていた比丘がいたのであろうか。ある意味熱心な比丘なのかもしれないが、想像してみると、やはりちょっと抜けている感がある。
2016051103.jpg

 
......とまあ、このような条項を大真面目に作成していたわけである。パーティモッカにふれるとき、私は2500年前のインド人との温度差を、めまいの先に感じることになる。
 さて最後に、パーティモッカの戒律の中でも、とりわけ私には理解不能なものを挙げて終わりにしたいと思います。

「立ちながら大小便をするべきでない」

無理だよ.....。

先生、私は煩悩のベッサ・メ・ムーチョです。

ではまた、ご自愛ください。






ニンニン

書を捨てよ、寺に行こう。 VOL.7

VOL.7 釈迦の仏教とは何か

 このコラムを続けていくにあたって明確にしておかなくてはいけないことがある。
それは、タイの仏教と日本の仏教の違いについて、である。
とりあえず、できるだけシンプルに書き進めてみようと思う。
2015092402.jpg


 タイの仏教は、スリランカやミャンマーなどと同じ小乗仏教であり、2500年前にインドで生まれた釈迦の教えを実践していこうとする「原始仏教=釈迦の仏教」である。
これに対し、日本の仏教は大乗仏教とよばれ、釈迦の死後500年経った紀元前後あたりに現れたものなのである。
この大乗仏教のなかの一派に般若経がある。
この一派が生まれた背景が、大乗仏教の成り立ちを象徴している、と私には感じられた。

般若経の経典、般若心経とは
「釈迦の時代の教えを否定することによって、釈迦を超えようと試みた経典」
なのである。

.....シビれました。
般若心経のなかに書いてあることに軽くふれておきます。
般若心経は、釈迦よりステージが格下の観音「菩薩」が、釈迦の一番弟子の舎利子に「釈迦の言っていることは全部間違っているね」とトツトツと説き伏せている経典なんス。


 さて、小乗仏教と大乗仏教、両者の違いをもっとも明確にしている要素を書いてみるね、オッケー。
 小乗仏教(=釈迦の仏教)では、この世界はひとつであり、「ブッダ(この場合のブッダとは釈迦の別称ではなく「教主」という意味合いで使っています)」はお釈迦様ひとりである。この「人」を信頼して修行し「阿羅漢(悟りを開いた者)」を目指す。それゆえに本尊は釈迦像だけである。

 一方大乗仏教では、世界はひとつではない、という「神秘的な要素」を含んだシステムを考えた。
それゆえパラレルワールドごとに「ブッダ(教主)」はいるのでみんなでブッダを目指そう、というファンタジーが展開されている。
事実、大乗仏教の本堂には釈迦像の他に阿弥陀、薬師、大日.....などの「如来」がご本尊として安置されている。
この「如来」とは「ブッダ(=教主)」という意味なんス。
「ブッダ(=教主)」はひとりではないので、平行する世界のどこかのひとつで「ブッダ(=教主)」になることを目指しているのが大乗仏教の真骨頂である。
阿羅漢どまりではなくブッダ(=教主)になろうと。
 
また、小乗仏教は科学的、大乗仏教は文学的、と言われるが、これを掘り下げるのはまたの機会にしますね。



 .....私が出家した山奥の寺院、そこで出家して7年目の比丘がいる。
彼も「係長(VOL.6参照)」同様、精神疾患患者である。
人間山脈のような巨大な体躯、どうゆうわけか彫りの深い顔貌。
ただそこに佇んでいるだけで、哲学者が思索にふけているようにみえる。
ボーーッとしているだけなんだけど。
2015092401.jpg

 私は彼を「森の巨人」と呼んでいた。彼も愛すべき人達のひとりである。
出家も7年目になると、比丘としての風格がある。
読経している後ろ姿、正座した足の裏は象の皮膚のように堅く汚れていた。
托鉢は裸足で行なうので、年々鍛えられたのであろう。
私ははじめてその足の裏を見たとき、彼の後ろ姿を尊敬のまなざしで見つめた。

.....のだが、

実は「ただ清潔にしない人」だったようだ。
そういえば、足の裏が堅く汚れている比丘は彼ひとりだけだったのだ。
後日、重度の痔であることも発覚。
フゥ.....。ちゃんと洗えよ.....。


ご自愛くだされ。


先生、私は煩悩の「そんなヒロシに騙されて」です。









ニンニン

書を捨てよ、寺に行こう。 VOL.6

バンコクのフリーペーパーWOMにて一年間連載された出家コラム。今回はお経についてです。
わかりやすくするために、今回も大幅に加筆修正していきます。それでは、ウエルカム、トウ、ザ、彼岸ワールド。ハッチャケ。


VOL.6    お経と私
 ここ山奥の寺院では、お経を読む時間が毎日二回ある。朝5時には本堂で、夕方6時半からは屋外でそれぞれ30分間ほど読経する。

 オリジナルの経文はパーリ語(古代ヒンドゥー語の口語体)で書かれている。タイ人の比丘にはタイ語の発音表記、日本人にはローマ字表記の冊子がそれぞれ用意されていた。
そもそも、タイではどんなことをお経で唱えているのかおわかりだろうか。
かなりざっくりだけどまとめてみるね(タメ口)。
「大好きなお釈迦様を尊敬し、お釈迦様の説かれた戒律を守って修行して、阿羅漢(悟りを開いた者)として涅槃を目指そう」
うん、こんな感じー、オッケーうふふ。


 ...まだ暗い静かな山奥の寺院の本堂、朝。10人ほどの比丘が御本尊にむかい、合掌しながら読経をする。

2015073102.jpg

独特のリズム、
抑揚をおさえた旋律、
響き渡るビブラート。
釈迦の仏教を実践しているタイの仏教では、音楽をたしなむことは戒律で禁じられている。
しかし私には読経そのものが音楽に感じられるのだ。
しかも、本堂で読経していると、一種のグルーヴ感や一体感がうまれてくるのだ。
「今、ここ」から、なにか「ある瞬間に存在する異界のようなもの」にグニャリと変容していく。

あらぬ方向に、とてつもない奥行きが

これはおそらく、文学的に言えば
「三衣をまとった比丘達が、お釈迦様とコンタクトをとることのできる尊い瞬間」
というものなのだろう(これって文学的?)。


 .....その寺院には出家して4年目の比丘がいる。
彼は精神疾患患者で、服用している薬の副作用でボーッとしていることが多い。
その反面かなりのインテリで、お経はすべて暗記している。彼にあいさつをすると、片口角だけ上げるように笑いかけてくれる。彼にとっての最上の笑顔だ。
私は彼のことが大好きだった。
愛すべき人物なのである。
2015073103.jpg

 私は、比丘ひとりひとりにニックネームをつけていた。
副住職の野坂先生もそれらのニックネームが気に入っていたようで、私と話すときは私の考えたニックネームを使うようになっていった。
ちなみに、片口角笑顔インテリのニックネームは「係長」である。
これで何となく彼の人となりがイメージできるであろうか。


 ある日、夕方の読経の風景を資料として画像に残したい、と野坂先生に言われた。
屋外で読経をするのはタイの寺院では珍しいものであるらしい。
私はカメラを設置し、一定の時間の間隔で撮影できるようにセッティングした。
一枚ごとに陽が沈んでいき、辺りが暗くなっていく風景。
比丘の読経の姿は美しい。
とても綺麗な画像が沢山撮れたので、野坂先生には大変喜んでいただいた。

のだが、

右斜め前から広角に固定撮影されているこの画像、一番手前に写っているのは例の「係長」である。
2015073104.jpg

他の比丘達は胸の前でしっかりと合掌しているのに対し、なんと係長は終始だらりと太ももの近くで合掌しているのだ。
緊張感が手前の係長によって弛緩されている。
野坂先生がこの画像を見ながらポツリとひと言つぶやいた。

「だから係長どまりなんだよ...」

.....シビれました。私は野坂先生の、この蒸し鶏のような静かなユーモアが大好きだ。

 まあ、そんなわけで。

先生、私は煩悩のセンチメンタルジャーニーです。

 ではまた、ご自愛ください。









ニンニン
プロフィール

猿岡賢蔵

Author:猿岡賢蔵
2005年7月、バンコクに美容室P.I.X.をオープン。2013年5月に本帰国し、2015年4月、学芸大学駅にP.I.X.をオープン。ホームページ作りました。右側のリンクからのぞいてください。

よろしくメガネドラッグ(←意味なし芳一)。

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